えんだより 1月 巻頭言

お知らせ

2017年、新しい年を迎えました。聖書に『7』は完全さを表す数字として描かれますので、ラッキー・セブンなどと言われ、幸運を表すものとして好まれました。しかし本来、文字数や字画などが人生を左右すると聖書は教えません。日本では死をイメージするを病院などでは抜いて部屋番号を付けることがあります。どんな数字もその人が気にすれば気になりますが、聖書は因習(根拠のない考え)から解放され、自由に生きる術を教えます。実は因習以上に人生を左右する厄介なものに、個々人の心に潜む罪があると聖書は語ります(この罪とは、英語のCrime<犯罪>ではなく、Sin<神の目から見て的外れな生き方:正しいと分かっていて出来ない人の姿>のこと)

今月の聖句は、私たちが人と共に生きる上で必要な「共感する(empathy)」大切さを教える、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」です。悲しみを共に分かち合うことも難しいのですが、それ以上に、共に喜ぶことの方が難しいとある講義で聞き同感しました。なぜなら、悲しむ人へSympathy(同情)を示すことは表面的に出来きても、相手が自分にはない喜びや幸運を得ると、羨み妬む心が邪魔をして、心底喜べない感情が湧くからだと説明され、自分の姿と重なったからです。

子ども達には、大人顔負けの大人びた行動に驚かされることもありますが、一方では、負の感情がストレートに表現され幼なさを垣間見ることもあります。どちらが良いか悪いかではなく、善き感情も、そうでない感情も誰もが持ち合わせていることを、ありのままに認め、それとどう向かい合い、乗り越えるかを学ぶ時期こそが、幼児期に必要な通過点とされます。正直に互いの感情(弱さ)を分かち合える環境の中で親子共々に人間的成長がなされ、感情をコントロールし、共感する力が育まれます。きっと親として、子どもの内面を言葉以上に感じとる不思議な力をお持ちではないでしょうか。分かるからこそ、そっと見守り、ゆっくり着実に乗り越える力と知恵とを共々に与えられたいものです。「7の70倍までも赦しなさい(マタイ18:22)」と教えられたイエスさまが共に歩んで下さることに気づく時、本当の幸せが見えてくることでしょう。

園長:友納靖史